太陽報コラム(3) 12/23

試練は人生の財産

どうやら僕の人生は、常に交通事故がついて回るもののようです。

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ラブコメディドラマ《网虫日记》の撮影に入っていた頃、車で撮影所から家に帰る途中、曲がり角で大型トラックと正面衝突。僕の車(富康)は吹っ飛ばされ、さらに反対車線から来たジープにぶつかりました。何もかもがあっという間に起こりました。
頭がくらくらしていて、その後のことをはっきり覚えていないのですが、誰かが車のドアを開けてくれたとき、役者の条件反射というべきか、自分の顔が血だらけであることを知って最初に言ったのが「僕の顔は大丈夫?」という一言でした。
幸い、傷は全て額やあご、頭部だけで、顔の目立つところにはありませんでした。小さな病院の、若い医師に診てもらいました。彼は傷を縫いながら、彼女と別れたことを僕にずっと話していたんですが、あれから4年後、身体の中にガラスの破片がそのまま残っていることがわかり、あごの傷痕から取り出したんです。

事故のことは家族には言えませんでした。きっと心配するだろうから。家族を離れて暮らしていれば、ついつい悪い出来事は隠していいニュースだけ伝えてしまうものですね。
その後一ヶ月、僕は北京の小さなアパートで一人きりで過ごしました。頭部はものすごく腫れ上がって、痛みと寂しさの二重の苦痛に耐えなければなりませんでした。

ドラマの撮影に支障が出ないように、腫れた顔をさらして撮影に臨みました。シナリオは少し変更してもらいました。主人公は殴り合いをして顔を腫らし、包帯を巻いている、という風に…

命の危険にさらされれば、自分の人生について悟るところがあるものなのでしょうか。悟りのために支払った代価はやや重すぎる感もありますが。
昔の言葉に、「天の将に大任をこの人に降さんとするや、必ずその心志を苦しめ、その筋骨を労せしむ(天が大任を下そうとするとき、必ずその人の心と身体に試練を与えるだろう)」というものがあります。
僕も、「試練は全て人生の財産となる」と考えています。

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観客を泣かせるよりも笑わせる方が難しいといいますが、国内でコメディドラマ《我爱我家》が大人気を博して以降、英达監督はコメディ1本に集中するようになりました。《网虫日记》の脚本は王朔によるものです。僕の演じた“俞白眉”はナルシストで神経質な役で、初めて挑戦したおおげさな身振りでの演技がさらにおもしろさを際立たせています。
この役で、僕は自分のもっているものを存分に発揮できました。とうとう、演技の「インスピレーション」というものを獲得できたのです。

コメディを演じる中での、ドラマの中やそれ以外のいろいろなことが、演技のコツをずっとつかめなかった僕に、形式的なことにこだわらず演じていく方法を示してくれたといえます。本当の意味で解き放たれ、演技の楽しさというものを味わうことが出来るようになったのです。

自分はとても運のいい方だとは思います。初出演のドラマからずっと主人公を演じさせてもらっているのですから。
初主演で一気に人気が出ることはありませんでしたが、それは自分にとってよいことだったと感じています。立ち止まることなく積み重ねてきたものが、今の自分の成長をよりしっかりしたものにしてくれているからです。
《网虫日记》の後、若い監督颢然のもとで映画《明亮的心》を撮りました。ある若い警察官が、盲目の退役軍人とのかかわりの中で、自分の目標を見出していくというストーリーです。これが僕の銀幕デビュー作で、「大学生映画祭審査委員会特別賞」をいただきました。当時の演技はまだまだ青臭いですが、僕にとってはとても輝かしい作品です。

どの作品でも、数々の指導者から鍛えられ、教えを受けたことが僕の最大の収穫です。
《龙珠风暴》は僕が演じたはじめての古装ドラマで、陈宝国先生と親子役で共演しました。《长缨在手》ははじめての民国ドラマで、王刚先生と共演、《无敌县令》では宋丹丹先生と…
そして《大汉天子》との出会いがあります。
この作品は僕の役者人生の中に訪れた初めての曲がり角といえます。陈道明先生との共演、そしてこの作品から、僕の「明教(ファンクラブ)」が生まれたのです。

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