太陽報コラム(5)

《大汉天子》—僕の出世作

13/01/2008

2001年の冬は僕の仕事面における春になりました。

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《无敌县令》撮影終了後、すぐに《大汉天子》の撮影入り。陈道明、陈莎莉、贾静雯などの錚々たる顔ぶれの中に、学校を卒業してたった1年のひよっこの僕。このドラマが結果的に僕に何をもたらしてくれるのか、そのときには全く考えも及びませんでした。
演じた「漢武帝」は活気にあふれていて、当時の自分にぴったりのキャラクターでした。思えば《大汉天子》の成功は、当時流行っていた正統派の歴史ドラマではなく古装アイドルドラマ寄りだったことにあるのかもしれません。歴史人物の描写を横糸に、ストーリーを縦糸に織り上げたのです。
初めての挑戦は、すばらしい視聴率を叩き出しました。その後多くの作品がこれに倣った形で製作をはじめましたが、当時はそんなことはまったく予測していませんでした。

あの頃とても嬉しかったのは、陳道明と共演できたことです。
彼が演じた「东方朔」は少年漢武帝を傍で支える役柄です。すばらしい先輩の演技を傍で見ることは役者としての研鑽、成長にずいぶん役立ちました。
強い者を見るとますます挑戦したくなる、山東人特有の頑固さ、負けず嫌いのこの自分の性格には、時々息が切れることもありますが、人は時にはプレッシャーがかからないときっちり成長できないのではないでしょうか。

内地で大々的に放映されるより前に、以外にも《大汉天子》は台湾で高視聴率を収めました。
番宣のために訪台したときには、到着までにとても長い時間がかかりました。直前には感激すると同時に緊張もしていました。
10数時間の行程の後、第1歩を踏みしめて驚きました。
100人以上のファンが僕を出迎えてくれたのです。思ってもみないことでした。両手に抱えきれないプレゼントと花束を抱えて…その夜は興奮して眠れませんでした。
その次の年には内地の各地のローカルテレビ局でも放映が始まり、はじめて外出して「あの皇帝役の人」と人から言われるようになりました。
「明教」が《大汉天子》が始まると同時に増えていったことも誇らしいことの一つです。
このドラマが僕にもたらしてくれたものは、予想していたよりも大きな大きなものでした。

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ミュージシャンがステージの上に立ったときに受けるファンたちの声援は、彼らにとって歌を歌う原動力となるでしょう。
役者はファンの熱意をじかに感じるほかに、観客がその役者の演じる役柄を愛しているかどうか知るすべはありません。
ファンの皆さんの僕への気持ちには私心がありません。僕がファンの皆さんに恩返しできるのは、与えられる役の一つ一つをよりよく演じていくことしかないと思っています。
できる限りファンに満足してもらえること、それがサインや写真のようなささいなことでも、喜んでもらえるなら僕の大きな喜びなのです。

思いがけず、その後4年のうちに《大汉天子》シリーズが続々製作されることになりました。最終的には3部作、全121話という大ボリュームです。少年時代から老いていく過程、一人の人間の40年を演じたことは、僕の役者としての成長を証明し、名実共に僕の代表作といえるものになりました。漢武帝は僕がゼロから作り上げた役柄です。
第3部の物語はまあまあとはいえ、それまでの英気あふれる帝王とは打って変わって疑い深くなり、妻子とも別れます。
このシリーズについては一度断った後で改めて受けなおしました。完結編に出演することを選択したのは、自分が年をとったとき懐古するに値する作品をつくっておきたいと思ったからです。現在も、僕はこの選択を後悔していません。

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